もしもの時に備える:アドバンス・ケア・プランニング(ACP)で未来の医療を考える
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)とは
人生の終末期や、病気や怪我によって自分自身で意思を伝えられなくなった場合に備え、どのような医療やケアを受けたいか、あるいは受けたくないかをあらかじめ考え、家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合っておくプロセスを、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning: ACP)と呼びます。これは「もしもの時」に備え、ご本人の意思が尊重されるための大切な取り組みです。
多くの方が、ご自身やご家族の終末期医療や介護について漠然とした不安を抱えているのではないでしょうか。将来、判断能力が低下したり、コミュニケーションが難しくなったりした場合に、自分の希望が伝わるのか、家族に負担をかけてしまわないかといった懸念は少なくありません。ACPは、そうした不安に向き合い、将来の不確実性に対応するための有効な手段の一つと言えます。
ACPは「話し合いのプロセス」
ACPは、単に特定の医療行為に対する希望を書き記す「リビングウィル(事前指示書)」とは異なります。リビングウィルは特定の状況下での医療行為に関する具体的な指示を文書化したものですが、ACPはそれを含む、より広範な概念です。
ACPの中心は、ご本人と、信頼できる人々(家族、友人)や医療・ケアチームとの間で行われる「継続的な話し合いのプロセス」です。ご自身の人生観や価値観、大切にしていること、どのような状態で生きたいか、どのような状態は避けたいかなどを共有し、将来起こりうる様々な状況を想定しながら、希望する医療やケアについて考え、話し合いを重ねていきます。
なぜACPが重要なのでしょうか
ACPを行うことは、ご本人にとって将来の医療やケアに対する希望を整理し、安心して過ごすために役立ちます。また、ご家族にとっては、「もしもの時」に本人の意思が分からないまま難しい選択を迫られる精神的な負担を軽減することにつながります。医療・ケアチームにとっても、ご本人の価値観や希望を理解することで、より質の高い、その人に寄り添ったケアを提供するための重要な情報となります。
ACPを始めるには
ACPは特別なことではありません。日常生活の中で、少しずつ始めることができます。
- きっかけを見つける: テレビ番組や書籍、知人の経験談などをきっかけに、終末期医療や将来のケアについて考えてみることから始められます。
- 誰と話すかを考える: まずは信頼できる家族や友人、親しい人に話してみることから始めましょう。配偶者、子ども、兄弟姉妹などが候補となります。医療・ケアチーム(医師、看護師、ケアマネジャー、医療ソーシャルワーカーなど)も大切な話し相手です。
- 何を話すかを考える: 最初から全てのことを話す必要はありません。まずは、ご自身の「大切にしていること」や「価値観」について話してみましょう。「どんな人生を送りたいか」「何が幸せか」といったことから始めると、将来の医療やケアに対する希望も見えてくることがあります。
話し合いのポイント
ACPの話し合いでは、以下のような内容を具体的に考えてみることが役立ちます。
- 価値観や人生観: ご自身の人生において、何が最も大切か。
- 希望する療養場所: もしもの時、どこで過ごしたいか(自宅、病院、施設など)。
- 希望する医療やケア: 苦痛の緩和を優先したいか、延命をどこまで希望するか、栄養や水分の補給をどうしたいかなど、具体的な医療行為に対する考え。
- 避けたいこと: どのような状態や医療行為は避けたいか。
- 誰に意思決定を託すか: ご自身で判断できなくなった場合に、代わりに意思決定をしてくれる人(代理決定者)を誰にするか。
- その他: 気がかりなこと、心配なこと。
これらの内容は、一度話したら終わりではありません。ご自身の状況や価値観は時間の経過とともに変化する可能性があります。定期的に話し合い、その都度内容を見直すことが大切です。
医療専門家との連携と記録
ACPの話し合いが進んだら、医療機関や介護事業所の専門家に相談してみることをお勧めします。医師や看護師、ソーシャルワーカーなどは、医療やケアに関する専門的な情報を提供し、話し合いをサポートしてくれます。
話し合った内容は、覚え書きとして記録したり、家族や医療・ケアチームと共有したりすると良いでしょう。法的な拘束力のある文書(例えば公正証書による尊厳死宣言書など)として作成することも一つの方法ですが、まずは話し合いの内容を記録すること自体に大きな意味があります。記録は、必要に応じてリビングウィルなどの形式で文書化することも可能です。
まとめ
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は、「もしもの時」に備え、ご自身の人生の最後まで、希望に沿った医療やケアを受けるための継続的な話し合いのプロセスです。ご本人、ご家族、医療・ケアチームが対話を重ねることで、お互いの理解が深まり、将来への不安を軽減し、より良い選択を行うための基盤となります。
まだ具体的に考えられていない方も、まずは身近な人と「もしもの時」について少しずつ話してみることから始めてみてはいかがでしょうか。その一歩が、ご自身やご家族の未来にとって、かけがえのない準備となるはずです。