終末期における延命治療の選択:医療的な意味と、本人・家族にとっての現実
終末期医療について考え始める際、「延命治療」という言葉に特別な重みや不安を感じる方は少なくありません。この言葉はしばしば議論の対象となり、その選択が本人や家族にどのような影響をもたらすのか、具体的なイメージを持ちにくいこともあるでしょう。
この記事では、終末期における延命治療が医療的に何を意味するのか、そしてその選択が本人やご家族の生活、心情にどのような現実をもたらすのかについて解説いたします。延命治療という言葉の先にある、多様な側面にご理解を深めていただく一助となれば幸いです。
「延命治療」とは何か
「延命治療」は、病気や老衰などにより生命の維持が困難になった状態において、直接的に死因となる病気そのものを治癒させるのではなく、生命を少しでも長く保つことを目的として行われる医療行為の総称です。
具体的には、以下のようなものが含まれることが一般的です。
- 人工呼吸器の装着: 自力での呼吸が困難になった場合に、機械で呼吸を補助する装置です。
- 人工栄養(経管栄養、中心静脈栄養): 口から食事を摂ることが難しくなった場合に、胃や腸にチューブを通して栄養剤を注入したり、血管から高カロリー輸液を投与したりする方法です。
- 昇圧剤の使用: 血圧が著しく低下した場合に、血圧を維持するために使用される薬剤です。
- 心臓マッサージ・除細動: 心停止した場合に行われる蘇生措置です。
これらの医療行為は、病状によっては回復を目指すために不可欠な場合もあります。しかし、終末期で病気の進行が非常に進み、回復の見込みがほとんどない状況で行われる場合に、一般的に「延命治療」として捉えられることが多くなります。
延命治療を選択した場合の医療的・身体的な現実
延命治療を選択し、生命を維持するための医療的な処置が続けられる場合、どのような現実が待っているのでしょうか。
まず、多くの場合、医療機器やチューブが体に装着され、様々なモニタリングが行われます。これは、本人の身体的な自由を大きく制限する可能性があります。会話や食事、体の向きを変えることなども、処置によっては難しくなる場合があります。
また、延命治療は、病気そのものを治すものではないため、苦痛や不快感が完全に解消されるわけではありません。病状によっては、緩和ケアと併用して苦痛の軽減が図られますが、医療的な処置自体に伴う不快感や合併症のリスクも考慮する必要があります。
特に、意識の回復が見込めない状況や、体の機能が著しく低下している状況で延命治療が続けられる場合、本人の「生」の質(QOL:Quality of Life)をどのように捉えるかという難しい問題に直面します。医療技術によって生命は維持されても、本人が望むような生活や尊厳が保たれているのか、家族として深く考える必要があります。
延命治療を選択した場合の精神的・社会的な現実
延命治療の選択は、本人だけでなく、ご家族にも大きな精神的・社会的な影響を与えます。
ご家族は、本人の状態を常に案じ、医療スタッフとの連携や、今後の見通しについて話し合いを続ける必要があります。この過程は、精神的な負担が非常に大きいものです。また、本人が苦痛を感じているのではないか、この選択は本当に本人のためになっているのか、といった葛藤や、過去の意思表示がなかったことへの後悔などを抱えることも少なくありません。
さらに、医療費の問題も現実的な側面として挙げられます。延命治療には高額な費用がかかる場合があり、公的な医療費助成制度などもありますが、経済的な負担が家計に影響を与える可能性もあります。
また、治療が長期に及ぶ場合、ご家族の介護負担が増加したり、面会などのために日常生活が制限されたりするなど、社会的な側面での影響も考慮する必要があります。
意思決定のために考慮すべきこと
終末期における延命治療の選択は、単に医療的な判断だけでなく、本人の価値観、人生観、そしてご家族の思いが深く関わる複雑なプロセスです。
もし、ご本人が意思を伝えることができる状態であれば、どのような医療を受けたいか、どのような最期を迎えたいか、しっかりと話し合うことが最も重要です。そのために、元気なうちから、あるいは病状が落ち着いている時期に、「人生会議」(アドバンス・ケア・プランニング:ACP)として、将来の医療やケアについて話し合っておくことが推奨されています。
ご本人の意思が確認できない場合、ご家族が代理で意思決定を行うことになります。この際、ご家族だけで抱え込まず、医療チームと十分に話し合い、情報提供を受けることが不可欠です。本人がもし意思を伝えられたとしたら、何を望むだろうか、という視点を持って考えることが、ご家族の負担を軽減し、後悔の少ない選択につながる可能性があります。
延命治療を選択するかしないかという二者択一ではなく、どのような医療やケアが本人にとって最善なのか、どのような状態を望むのか、という視点から考えることが大切です。そのためには、延命治療が医療的に何を意味し、それが本人と家族の現実にどのような影響をもたらすのかについて、正確な情報を得て、現実的な理解を深めることが不可欠と言えるでしょう。
終末期医療の選択は、容易な決断ではありません。しかし、漠然とした不安を抱えたままではなく、正しい知識を持ち、ご家族や医療チームと誠実に向き合うことで、より本人にとって望ましい最期を迎えるための道筋が見えてくるはずです。