人生の最終段階における選択:延命治療を見送る場合の自然な経過と看取り
終末期医療における選択は、ご本人にとって、そしてご家族にとって非常に重いテーマです。特に、病状が進行し、回復の見込みが乏しくなった場合、積極的な延命治療を継続するかどうかの判断に直面することがあります。
延命治療には様々な種類があり、医療技術の進歩によって命を長らえさせることが可能になっています。しかし、同時に、治療が本人にとって身体的・精神的な負担となり、生活の質(QOL)を損なう可能性も指摘されています。このような状況において、延命治療以外の選択肢として「自然な経過」と「看取り」という考え方があります。
自然な経過とは
「自然な経過」とは、病気や老衰によって生命力が徐々に衰えていく過程を、医療によって無理に止めたり、人工的に生命を維持したりすることなく、その人自身の生命力に委ねるという考え方です。これは、医療を放棄することではありません。
具体的には、以下のような医療行為を必ずしも積極的に行わないことを含みます。
- 心肺蘇生
- 人工呼吸器の使用
- 人工的な栄養補給(胃ろう、中心静脈栄養など)
- 昇圧剤などを用いた血圧維持
しかし、これは必要な医療やケアを行わないということではありません。本人が苦痛を感じている場合には、痛みを和らげるための緩和ケアや、呼吸困難を軽減するための処置などは引き続き行われます。自然な経過を見守ることは、本人が苦しまずに、穏やかに最期を迎えることを目的としています。
看取りとは
「看取り」とは、回復の見込みがないと判断された方に対して、延命治療を積極的に行わず、安らかに最期を迎えることができるように、身体的・精神的な苦痛を和らげ、尊厳を保つためのケアを行いながら見守るプロセス全体を指します。
看取りにおけるケアには、以下のような内容が含まれます。
- 緩和ケア: 痛み、呼吸困難、吐き気などの身体的な苦痛や、不安、抑うつといった精神的な苦痛を和らげるための医療的なケア。
- 清潔ケア: 清潔を保つための清拭や口腔ケアなど。
- 体位変換: 床ずれを防ぎ、安楽な姿勢を保つための体位変換。
- 水分・栄養の調整: 無理な栄養補給は行わず、本人の状態や希望に応じた水分摂取や食事の介助。嚥下機能が低下している場合は、誤嚥を防ぐためのケア。
- 精神的なサポート: 本人や家族の思いに寄り添い、傾聴し、安心できる環境を提供する。
- 家族ケア: 家族の不安や悲しみに寄り添い、必要な情報提供や精神的なサポートを行う。
看取りは、病院や施設だけでなく、住み慣れた自宅でも行うことが可能です。どこで看取るかについても、本人や家族の希望、病状、利用できる医療・介護サービスなどを考慮して検討することが大切です。
延命治療を見送る選択をする場合の考慮事項
延命治療を見送るという選択は、ご本人やご家族にとって大きな決断となります。この選択を検討する際には、いくつかの重要な考慮事項があります。
- 本人の意思: 本人が意思表示できる状態であれば、本人の明確な意思が最も尊重されるべきです。元気なうちにリビングウィル(事前指示書)を作成しておくことや、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を通じて家族や医療者と繰り返し話し合っておくことが非常に重要です。
- 家族の理解と合意: 本人の意思が不明確な場合、家族が本人の意思を推測し、代理で意思決定を行うことがあります。この際、家族間で意見が分かれることも少なくありません。家族が一致して理解し、納得した上で選択を進めるためには、十分な話し合いが必要です。
- 医療・介護チームとの連携: 医師、看護師、ケアマネジャーなど、関わる医療・介護専門職と密にコミュニケーションを取り、病状や予後、利用できるサービス、ケアの内容について正確な情報を得ることが不可欠です。
- 看取りの場所: 自宅、病院、介護施設など、どこで最期を迎えたいか、あるいは迎えさせたいかについても、本人の希望や家族の状況、必要な医療・介護サービスの提供体制などを考慮して検討する必要があります。
家族ができること
親御さんの終末期に、延命治療を見送る選択肢を視野に入れることは、家族にとって大きな不安を伴うかもしれません。しかし、これは「治療をしない」ということではなく、「どのように最期を迎えるか」という前向きな選択肢の一つと捉えることができます。家族がこの状況に適切に向き合うためにできることがあります。
- 本人との対話: 親御さんが元気なうちから、人生の最終段階でどのような医療やケアを望むか、どのような場所で過ごしたいかについて、率直に話し合う機会を持つことが大切です。直接聞きにくい場合は、本人の価値観や人生観から推測することも参考になります。
- 医療者への相談: 主治医や看護師に、病状の進行や予後、考えられる選択肢とそのメリット・デメリットについて詳しく尋ね、疑問点を解消することが重要です。医療者から正確な情報を得ることで、漠然とした不安を軽減できます。
- 家族間の話し合い: 兄弟姉妹やキーパーソンとなる親族間で、親御さんの意思や、それに対するそれぞれの思い、今後のケアについて十分に話し合い、共通理解を深めることが大切です。意見が分かれる場合は、医療者やメディエーターなど第三者の専門家のサポートを得ることも有効です。
- 看取りの準備: 延命治療を見送る選択をした場合、看取りに向けて必要な準備を進めます。自宅での看取りを希望する場合は、訪問看護や往診医の手配、必要な物品の準備などが必要です。施設での看取りの場合は、施設の体制や看取りケアの内容を確認します。
まとめ
人生の最終段階において、延命治療を選択しないという決断は、決して「治療を諦める」ことや「見捨てる」ことではありません。それは多くの場合、ご本人のこれまでの人生観や価値観、そして残された時間をどのように過ごしたいかという願いに基づいた、その人らしい最期を迎えるための重要な選択肢の一つです。
「自然な経過」を見守り、「看取り」のケアを行うことは、本人の身体的な苦痛を和らげ、精神的な安寧を保ち、尊厳を守るための積極的なケアです。この選択肢について理解を深め、ご本人を含めたご家族で十分に話し合うことが、後悔の少ない、穏やかな最期を迎えるための一歩となります。この難しいテーマに、ご家族で向き合うための一助となれば幸いです。