親の「もしも」の意思を聞く:適切な時期と家族ができること
はじめに
親御さんが高齢になり、将来の健康や医療について漠然とした不安を感じている方は少なくありません。特に、終末期医療について、親御さん自身がどのように考えているのか、どのような選択を望むのかを知っておきたいと感じる方もいるでしょう。しかし、「もしもの話」をどのように切り出せば良いのか、いつ話すのが適切なのか、悩ましい問題です。
この問題は、親御さんの意思を尊重し、後悔のない選択をするために避けて通れない大切なプロセスです。しかし、単に「どうしたい?」と尋ねるだけでは、親御さんも答えに窮してしまうことがあります。ここでは、親御さんの終末期医療に関する考えを、適切な時期に、家族がどのように聞き出すことができるのか、具体的なアプローチを解説します。
話し始めるのに「適切な時期」とは
終末期医療に関する話し合いを始めるのに、「この時期でなければならない」という明確な定めはありません。しかし、一般的には、親御さんが心身ともに元気で、ご自身の考えをしっかりと伝えられるうちに話し始めるのが最も望ましいとされています。
判断能力が十分にあるうちに話し合うことで、親御さん自身の価値観や希望を正確に理解することができます。また、元気なうちであれば、深刻になりすぎず、比較的落ち着いた雰囲気で話し合いを進めやすいという利点もあります。
では、具体的にどのようなタイミングが考えられるでしょうか。
- 健康状態に変化があった時: 例えば、大きな病気をしたわけではなくても、高齢に伴う体の変化を感じ始めた時や、定期的な健康診断で新たな所見が見つかった時などは、ご自身の健康について考えを巡らせるきっかけとなることがあります。
- 身近な人の出来事: 親戚や知人が病気になった、あるいは亡くなったという話は、人生の終盤や医療について考えるきっかけとなり得ます。
- テレビ番組や書籍: 終末期医療や人生の最期をテーマにしたテレビ番組や記事、書籍に触れた際も、自然な流れで話題にしやすい機会です。
- 年齢の節目: 米寿や卒寿など、年齢の節目を迎えた際に、これからの人生について語り合う中で自然に話題を移すことも考えられます。
重要なのは、特別な「きっかけ」を待つ必要はないということです。普段の何気ない会話の中で、少しずつ関連する話題に触れてみることから始めても良いでしょう。
親の意思を聞き出すための具体的なアプローチ
終末期医療に関する話し合いは、デリケートな内容を含むため、切り出し方や進め方が重要です。以下に、具体的なアプローチをいくつかご紹介します。
1. 日常会話の中に溶け込ませる
かしこまった場を設けなくても、日頃の会話の中で終末期医療に関連する話題に触れることができます。
- テレビドラマで病気や医療に関するシーンが出てきた際に、「この主人公だったら、どんな治療を選んだのかな」などと問いかけてみる。
- 健康に関する話題の中で、「もし体が動かなくなったら、どんな風に過ごしたい?」などと、医療に直接関係しない広い範囲から話してみる。
- 「おばあちゃん(おじいちゃん)の家で、最期を過ごしたって聞いたけど、〇〇さんはどう思う?」など、身近な人の例を出す。
2. 共通のメディアを活用する
終末期医療や人生の選択をテーマにした書籍やテレビ番組、ドキュメンタリーなどを一緒に見て、感想を話し合うことから始める方法です。
- 「この本(番組)で、自分の最期について考えておくことの大切さを言っていたけど、お父さん(お母さん)はどう思う?」と、メディアの内容を借りて質問する。
- 「この人の選択は、私には少し難しいと感じたけど、人それぞれ考えがあるよね」など、自分自身の感想を先に伝えることで、相手も話しやすくなることがあります。
3. 医療や介護の専門家、相談窓口を活用する
医療機関や地域の相談窓口、ケアマネジャーなどは、終末期医療や今後の生活に関する話し合いをサポートする専門家です。親御さんや家族だけで話し合うのが難しいと感じる場合、第三者の協力を得ることも有効です。
- かかりつけ医やケアマネジャーに相談し、話し合いの場に同席してもらう。
- 自治体が開催する終活に関する講座や相談会に、親子で参加してみる。
- 地域包括支援センターなどに相談し、適切な情報提供やサポートを受ける。
専門家は、医療や制度に関する正確な情報を提供できるだけでなく、感情的になりやすい話し合いを冷静に進めるためのファシリテーター役も担ってくれます。
4. 事前指示書(リビングウィル)やACPを学ぶ機会を作る
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)やリビングウィル(事前指示書)といった言葉や概念を知ることは、ご自身の医療やケアについて考える具体的なきっかけになります。
- これらの情報が掲載されているパンフレットやウェブサイトを一緒に見てみる。
- 「人生会議」という愛称で普及啓発されているACPについて、「一緒に勉強してみない?」と提案する。
- リビングウィルの存在を伝え、「こういうものがあるらしいけど、書くかどうかは別として、どんな内容なのか見てみる?」と促す。
これらのツールは、単に書くか書かないかではなく、自身の価値観や希望を整理し、家族と共有するためのプロセスそのものに意味があります。
話を聞く上で大切なこと
親御さんの終末期医療に関する考えを聞く際には、いくつか心に留めておきたい点があります。
- 傾聴の姿勢: 親御さんの話を遮らず、まずはじっくりと耳を傾けましょう。「そうなんだね」「そう感じているんだね」と、共感や理解を示すことが信頼関係を築く上で重要です。
- 価値観の尊重: 親御さんの考えが、必ずしも家族の考えと同じであるとは限りません。どのような考えであっても、それは親御さん自身の価値観に基づくものであることを理解し、尊重する姿勢が大切です。説得しようとしたり、自分の考えを押し付けたりすることは避けましょう。
- 一度で結論を出そうとしない: 終末期医療に関する考えは、一度話しただけで全てが明確になるわけではありませんし、時間とともに変化することもあります。繰り返し、機会を見つけて話し合うことが自然です。
- 記録の重要性: 話し合った内容や親御さんの希望については、可能であればメモを取るなどして記録に残しておくと良いでしょう。後々、家族間で共有する際や、医療従事者に伝える際に役立ちます。正式なリビングウィルとして書面にするかどうかも含め、検討しましょう。
家族間での情報共有と協力
親御さんの意思を確認するプロセスは、特定の家族だけが担うのではなく、兄弟姉妹など、関係する家族全員で共有し、協力して進めることが理想です。家族それぞれの考えや、親御さんとの関係性も異なるため、事前に家族間で認識をすり合わせておくことも重要です。これにより、将来的な意見の対立を防ぎ、円滑な意思決定をサポートすることができます。
まとめ
親御さんの終末期医療に関する考えを早めに聞いておくことは、将来、不確かな状況に直面した際に、親御さん自身も家族も混乱せず、納得のいく選択をするための重要な準備です。話し始めるのに遅すぎるということはありませんが、親御さんが元気なうちに、日頃の会話や身近な出来事をきっかけに、リラックスした雰囲気で問いかけてみることが推奨されます。
そして何より大切なのは、親御さんの言葉に丁寧に耳を傾け、その価値観を尊重する姿勢です。一度の話し合いで全てを決めようとせず、繰り返し対話することで、お互いの理解を深めていくことができるでしょう。このプロセスを通じて、親御さん、そして家族の皆さんが、将来への不安を軽減し、安心して日々を過ごせるようになることを願っています。