終末期医療における意思決定:親の希望と家族の思い、その調整方法
終末期医療は、個人の尊厳に関わる重要な選択を伴います。特に、病状が進行し、ご本人が自らの意思を明確に示せなくなった場合、あるいは示していてもそれが家族の願いと異なる場合、ご家族は深い葛藤に直面することがあります。ご自身の親御さんの「もしも」に備え、漠然とした不安を感じていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、終末期医療におけるご本人の希望とご家族の思いが異なる状況に焦面し、どのように向き合い、話し合いを進めていくべきかについてご説明します。
終末期医療における意思の不一致はなぜ起こるのか
終末期医療の場面において、ご本人の希望とご家族の願いが一致しないことは少なくありません。これにはいくつかの背景が考えられます。
- 価値観の違い: 長年の人生で培われた価値観や死生観は、ご本人とご家族の間で異なることがあります。ご本人が「自然な経過をたどりたい」と願っても、ご家族としては「できる限りの医療を受けてほしい」と願うといった状況です。
- 情報の非対称性: ご本人が医療従事者から病状や予後に関する説明を受けていても、ご家族がその内容を十分に理解していなかったり、あるいは異なる解釈をしていたりする場合があります。
- 感情的な側面: ご家族にとって、大切な方の旅立ちは非常に辛い出来事です。別れがたいという感情から、治療の継続を強く望む場合があります。これは愛情ゆえの思いであり、否定されるべきものではありません。
- コミュニケーション不足: 終末期に関する話し合いが十分にできていない場合、お互いの真意や願いを理解する機会が失われてしまいます。
本人の意思をどのように確認・尊重するか
まず最も重要であるのは、可能であればご本人の意思を確認することです。しかし、病状によって意思表示が難しい場合もあります。その際には、過去のご本人の言動や価値観から、どのような生き方、どのような最期を望んでいたのかを丁寧に汲み取ることが求められます。
- 過去の発言を振り返る: これまでにご本人が「延命は望まない」「自宅で過ごしたい」など、医療や人生の最期について語ったことがあれば、それは重要な手がかりとなります。
- 趣味や生き方から推測する: ご本人がどのようなことに価値を置いて生きてきたのか(例えば、活動的であること、穏やかに過ごすことなど)を知ることも、その人らしい最期を考える上で参考になります。
- 信頼できる関係者からの情報: ご家族だけでなく、ご友人など、ご本人をよく知る方からの情報も役立つことがあります。
また、ご本人が元気なうちに作成しておいたリビングウィル(事前指示書)や、医療・ケアに関する将来の計画について話し合っておくプロセスであるACP(アドバンス・ケア・プランニング)があれば、それが意思表示の代わりとなり得ます。これらは法的な拘束力を持つ場合と持たない場合がありますが、ご本人の意思を尊重するための強力な手助けとなります。
家族の思いにどう向き合い、言語化するか
ご本人の意思を尊重することは大切ですが、同時にご家族自身の思いにも向き合う必要があります。ご家族が抱く「まだ生きていてほしい」「少しでも長く一緒にいたい」という願いは自然な感情です。これらの感情を無視して、ただご本人の意思に従うだけでは、後に深い後悔につながる可能性も否定できません。
ご家族同士で、率直にご自身の感情や願いを言葉にしてみてください。なぜそのように思うのか、どのような点が不安なのかを共有することで、お互いの立場を理解し合う第一歩となります。感情的な話し合いになることも予想されますが、大切なのは、それぞれの思いに「善悪」はないという認識を持つことです。
本人の希望と家族の思いを調整するための話し合い
ご本人の意思確認とご家族の思いの言語化が進んだら、いよいよ調整のための話し合いに移ります。これは非常にデリケートで難しいプロセスですが、以下の点を意識すると進行しやすくなります。
- 冷静で穏やかな環境を用意する: 時間に追われることなく、落ち着いて話せる場所と時間を選びます。
- お互いの話を傾聴する: 自分の意見を主張するだけでなく、まず相手の話を最後まで聞く姿勢が重要です。
- 医療チームとの連携: 医療チームは、病状や予後、各医療行為の意味について正確な情報を提供できます。話し合いの場に同席してもらい、専門的な見地からの説明を受けることは、冷静な判断を助けます。
- 落としどころを探る: 必ずしもどちらかの意見に完全に合わせる必要はありません。ご本人の意思を最大限尊重しつつ、ご家族が納得できる、あるいは受け入れやすい代替案がないかを模索します。例えば、積極的な延命治療は行わないが、苦痛を和らげる緩和ケアはしっかりと行う、といった方向性です。
この話し合いは一度で終わるものではなく、時間をかけて、あるいは病状の変化に応じて繰り返し行われる可能性があります。
専門家への相談
ご本人の意思とご家族の思いの乖離に直面した際には、一人で抱え込まず、専門家の支援を求めることをためらわないでください。
- 医療ソーシャルワーカー: 医療機関に常駐しており、患者さんやご家族の抱える様々な問題(医療費、利用できる制度、介護サービスの相談など)について相談できます。話し合いの場の調整役や、情報の整理を手伝ってくれることもあります。
- 緩和ケアチーム: 身体的・精神的な苦痛を和らげる専門家チームです。終末期における様々なケアの選択肢について、より具体的なアドバイスを得られます。
- 臨床倫理の専門家/委員会: 医療機関によっては、倫理的な問題について相談できる専門家や委員会が設置されています。意思決定における倫理的な葛藤について、助言を求めることができます。
- 地域の相談窓口: 地域包括支援センターなどでも、高齢者医療や介護に関する相談に応じています。
専門家は、感情的になりがちな状況を客観的に整理し、適切な情報提供を通じて、ご家族が納得のいく意思決定に至るプロセスをサポートしてくれます。
まとめ
終末期医療におけるご本人の希望とご家族の思いの不一致は、多くのご家庭で起こりうる難しい問題です。これに正解はありませんが、重要なのは、ご本人の意思を最大限尊重しようと努めると同時に、ご家族自身の感情にも正直に向き合い、お互いの立場を理解するための対話を重ねることです。
早期からの話し合い、医療チームや専門家との連携を通じて、ご家族が共に悩み、考え、納得のいく選択をしていくプロセスそのものが、ご本人にとってもご家族にとっても、その後の後悔を減らし、穏やかな最期を迎えるための重要なステップとなるでしょう。この話し合いが、ご家族の絆を深めるきっかけとなることを願っています。