終末期医療における代理意思決定者:役割と選定のポイント
終末期医療における意思決定の課題
人生の終末期をどのように迎えたいか、どのような医療を受けたいか、という問いは、誰にとっても重要なものです。しかし、病状の進行や予後の判断が難しくなる中で、ご本人の意思を明確に確認することが困難になる場合があります。特に、認知機能の低下や意識レベルの変化などにより、医療に関する複雑な意思決定を自分自身で行うことができなくなる可能性も考慮しておく必要があります。
このような状況に直面した際、ご本人に代わって医療に関する意思決定を担う「代理意思決定者」の存在が重要になります。親御さんの終末期について漠然とした不安を感じている方もいらっしゃるかと存じますが、事前にこの代理意思決定について理解し、家族で話し合っておくことが、もしもの時に混乱を避け、ご本人の希望を最大限に尊重したケアを実現するために役立ちます。
代理意思決定者とは何か
代理意思決定者とは、医療を受ける本人が自らの意思を表明できなくなった場合に、本人に代わって治療方針やケアに関する判断を行う人のことを指します。日本の法律においては、終末期医療における代理意思決定者について明確に定められた規定は少ない状況です。しかし、実際の医療現場では、ご家族が本人の意思を推定し、医療チームと話し合って意思決定を行うことが一般的です。
代理意思決定を事前に定めておくことは、不測の事態に備え、ご本人の最善の利益と希望を尊重するための重要な準備と言えます。
代理意思決定者の役割
代理意思決定者は、主に以下のような役割を担います。
- 本人の意思の推定と代弁: 最も重要な役割は、本人が過去にどのような価値観を持ち、どのような生き方を望んでいたか、終末期についてどのように考えていたかを理解し、それを医療チームに伝えることです。本人が明確な意思表示をしていなかった場合でも、その人の人となりや価値観から、状況に応じてどのように判断したであろうかを推定し、代弁することが求められます。
- 医療情報の理解と判断: 医師から提供される病状、予後、複数の治療選択肢(延命治療の有無、緩和ケアなど)に関する専門的な情報を理解し、本人にとって何が最善かを判断します。
- 医療チームとのコミュニケーション: 医師や看護師をはじめとする医療チームと密に連携を取り、本人の状態や希望、家族の考えを伝え、治療方針について話し合い、合意形成を図ります。
代理意思決定者は、決して自分自身の考えだけで判断するのではなく、常に本人の立場に立ち、その人にとっての「良い最期」を実現するために努める責任があります。
代理意思決定者の選定ポイント
誰に代理意思決定を託すかという選定は、非常に重要なプロセスです。多くの場合、配偶者や子供など、最も身近なご家族がその役割を担いますが、法的な義務や優先順位が明確にあるわけではありません。選定にあたっては、以下の点を考慮することが望ましいでしょう。
- 本人の意思や価値観をよく理解している: 普段から本人と深い関わりがあり、その考え方や大切にしていることを把握している人。
- 本人との信頼関係がある: 本人が安心して医療に関する判断を任せられると感じている人。
- 責任感があり、冷静に判断できる: 感情的にならず、医療チームからの説明を理解し、様々な選択肢について検討する能力がある人。
- 家族間の合意が得られている: 複数のご家族がいる場合、候補者について家族間で同意が得られており、協力体制が築ける人。特定の個人に負担が集中しすぎないよう配慮も必要です。
- 医療チームと適切にコミュニケーションできる: 自身の考えや本人の意思を、医療専門家に対して分かりやすく伝えることができる人。
- 地理的な距離や負担: 必要な時に病院に出向くことが可能な距離にいるか、精神的・時間的な負担に耐えられるかなども考慮要素となります。
一人の人に全ての判断を任せるのが難しい場合や、万一その人が判断できなくなった場合に備え、複数の代理候補を順位付けして定めておくことも有効な方法です。
事前の話し合いと準備の重要性
終末期医療における代理意思決定について、ご本人を含めたご家族で事前に話し合っておくことが非常に重要です。これは「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」、通称「人生会議」と呼ばれる取り組みの一部です。
- 話し合いの始め方: 親御さんの体調が良い時や、特定の病気を抱えていないうちから、日頃の会話の中で将来について少しずつ話題にしてみるのが良いかもしれません。テレビ番組や知人の話などをきっかけにするのも一つの方法です。「もしもの時、誰に一番そばにいてほしい?」「どんな場所で過ごしたい?」といった問いかけから始めることもできます。
- 意思表示の方法: 話し合った内容や、誰に代理を託したいかという本人の希望を、リビングウィル(事前指示書)などの文書に残しておくことも有効です。これは法的に強い拘束力を持つものではありませんが、本人の意思を医療チームやご家族が理解する上で非常に重要な手がかりとなります。また、ACPの取り組みとして、話し合いの記録を医療者と共有しておくことも推奨されています。
- 定期的な見直し: 人の考えや価値観は変化するものです。一度話し合って決めた内容も、時間の経過や健康状態の変化に応じて定期的に見直すことが大切です。
もしもの時の意思決定プロセス
事前に代理意思決定者や本人の希望が明確になっていない状況で、本人が意思表示できなくなった場合、医療現場では一般的にご家族全員で話し合い、合意形成を図ることが求められます。家族内での意見の相違や対立が生じることも少なくありません。このような場合、医療チームが中立的な立場で話し合いをサポートしたり、病院の倫理委員会に諮問したりすることもあります。
しかし、これらのプロセスは時間と精神的な負担を伴います。だからこそ、ご本人の意思が明確なうちに、誰に判断を託すかを含めて、終末期について家族で十分に話し合い、共有しておくことの価値は大きいのです。
まとめ
親御さんの終末期医療における代理意思決定について考えることは、ご本人の尊厳を守り、ご家族が納得のいく形で最期を支えるために避けて通れない課題です。誰に、どのような役割を託すのか、ご本人の希望をどう理解し、どう伝えるのか。これらの問いに向き合い、ご家族でオープンに話し合う機会を持つことが、将来への漠然とした不安を具体的に捉え、備えるための一歩となります。
この機会に、ぜひご家族で終末期医療に関する話題について話し合ってみてはいかがでしょうか。