終末期医療について、家族で話し合うことの重要性と始め方
終末期医療を家族で考えることの必要性
ご自身の親御さんが高齢になられ、将来の健康状態や医療、介護について漠然とした不安を感じていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。特に、人生の最終段階における医療やケア、いわゆる終末期医療について、どのように考え、どのように準備を進めれば良いのか、戸惑うこともあるかもしれません。
終末期医療に関する意思決定は、ご本人だけでなく、ご家族にとっても非常に重要な問題です。ご本人の意思が明確にされていなかったり、ご家族間で考えが共有されていなかったりする場合、いざという時に辛い判断を迫られたり、ご家族間に意見の相違が生じたりする可能性があります。
このような状況を避けるために、そして何よりも、ご本人にとって最善の形で人生の最終段階を過ごしていただくためには、元気なうちから、あるいは状態が安定している時期から、ご家族で終末期医療について話し合っておくことが非常に大切になります。これは決して縁起の悪い話ではなく、むしろ来るべき時に備え、ご本人もご家族も安心して過ごすための、前向きな準備と言えます。
なぜ家族で話し合うことが重要なのか
終末期医療について家族で話し合うことには、いくつかの重要な理由があります。
第一に、ご本人の意思を最大限に尊重するためです。ご本人がどのような医療やケアを望むのか、どのような形で最期を迎えたいのか、事前に話し合って知っておくことで、その意向に沿った選択をしやすくなります。本人の意思が不明な場合、ご家族は医療現場で難しい判断を迫られ、後になって「あの時、本人はどう思っていたのだろうか」と悩むことも少なくありません。
第二に、ご家族の精神的な負担を軽減するためです。事前に話し合い、方針がある程度定まっていると、予期せぬ事態が発生した際にも、混乱を避け、落ち着いて対応することができます。ご家族が一致した姿勢で医療者とコミュニケーションを取れることも、大きな支えとなります。
第三に、より良い医療・ケアを受けるためです。ご本人やご家族の希望が医療者と共有されていれば、医療者側もそれに基づいて適切な治療計画やケアを提供しやすくなります。延命治療の選択肢だけでなく、緩和ケアやQOL(生活の質)を重視したケアなど、幅広い選択肢の中からご本人にとって最適な道を選ぶためにも、事前の話し合いは不可欠です。
いつ、何を、どう話せば良いのか
では、実際にいつ、何を、どのように話し合えば良いのでしょうか。
いつ話し始めるか
話し合いを始めるのに「遅すぎる」ということはありませんが、「早すぎる」ということもありません。むしろ、ご本人が比較的お元気で、ご自身の考えをしっかり伝えられる状態にあるときに始めるのが理想的です。
具体的なきっかけとしては、以下のような状況が考えられます。
- 親御さんの年齢が一定の節目を迎えたとき
- ご本人や周囲に健康状態の変化が見られたとき
- 大きな病気の診断を受けたとき、あるいは治療の選択を迫られたとき
- 身近な人が終末期を迎えるなどの出来事があったとき
- 終末期医療に関する情報(テレビ、書籍など)に触れたとき
これらのきっかけを捉え、「この機会に、少し将来のことを話してみないか」と切り出してみるのも一つの方法です。一度に全てを話し合う必要はありません。最初は漠然とした話題から始め、少しずつ具体的な内容へと進めていくことも大切です。
何を話し合うか
話し合う内容は多岐にわたりますが、終末期医療に焦点を当てる場合、主に以下のような点が挙げられます。
- 延命治療に対する意向: どのような延命治療(人工呼吸器、胃ろう、点滴など)を受けたいか、あるいは受けたくないか。どのような状態になったら延命治療を望まないか。
- ケアを受ける場所: 人生の最終段階を自宅で過ごしたいか、病院、あるいは施設を希望するか。
- 苦痛の緩和: 痛みやその他の苦痛に対して、どのようなケアを望むか(緩和ケアなど)。
- 意思決定を誰に託すか: ご本人が判断能力を失った場合に、誰がご本人に代わって医療やケアに関する意思決定を行うか(代理決定者)。
- 希望するケアや過ごし方: 医療的なことだけでなく、好きな音楽を聴きたい、特定のものを食べたい、家族とどのように過ごしたいかなど、日々のケアや過ごし方に関する希望。
- 経済的なこと: 医療費や介護費用について、どこまで準備できているか、あるいは今後どのように備えるか。
これらの内容を全て一度に話し合うのは難しいかもしれません。まずは一つか二つの項目から、ご本人の考えや価値観を聞くことから始めてみるのが良いでしょう。
どう話し合うか
話し合いの進め方には工夫が必要です。
- 穏やかな雰囲気で: 真剣な話ではありますが、重苦しくなりすぎず、リラックスした雰囲気で話せる時間と場所を選びましょう。
- 一方的にならない: ご家族の考えを押し付けるのではなく、まずご本人の気持ちや考えを丁寧に聞くことに徹します。
- 「もしも」の視点で: 現在の健康状態を否定するような言い方ではなく、「もしもの時に備えて」「念のために」といった切り出し方をすると、ご本人も受け入れやすい場合があります。
- 感情的にならない工夫: 意見の相違がある場合でも、互いの気持ちを尊重し、感情的にならずに話し合えるよう努めます。
- 専門家のサポート: 医師、看護師、ケアマネジャーなど、医療や介護の専門家に相談することも有効です。話し合いのきっかけや、専門的な情報提供を受けることができます。
- ACP(人生会議)やリビングウィル: 「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」、通称「人生会議」は、将来の医療やケアについて、ご本人とご家族、医療者が繰り返し話し合い、共有するプロセスです。また、「リビングウィル(事前指示書)」を作成することも、ご本人の意思を文書として残す有効な手段です。これらの活用も検討してみましょう。
話し合いは、一度行えば終わりではありません。ご本人の心境や健康状態は変化する可能性があります。定期的に、あるいは状況の変化に応じて、繰り返し話し合い、内容を見直していくことが望ましいです。
困難な話し合いに臨むにあたって
ご家族によっては、終末期医療のような重いテーマについて話し合うことに抵抗を感じる場合もあるかもしれません。特に親御さんが「まだ考えたくない」「縁起でもない」とおっしゃることもあるでしょう。
そのような場合は、すぐに深掘りしようとせず、まずは日頃の会話の中で、医療や介護に関するニュース、知人の話などに触れた際に、親御さんがどのように感じているか、さりげなく聞き出すことから始めてみるのも良いかもしれません。少しずつ、お互いの考えを知る機会を増やしていくことが、将来の本格的な話し合いにつながる第一歩となります。
まとめ
終末期医療について家族で話し合うことは、ご本人の尊厳を守り、ご家族の負担を軽減し、最善の医療・ケアを選択するために不可欠な準備です。それは、ネガティブなことではなく、むしろ残りの人生をより安心して、より自分らしく生きるための、そしてご家族が後悔なく見送るための、前向きな取り組みと言えます。
いつか必ず訪れるその日のために、今日から、できることから、ご家族での対話を始めてみてはいかがでしょうか。その一歩が、未来の安心につながるはずです。