最後の選択:延命医療を考える

終末期、「回復の見込みがない」と言われたら:延命治療を選択しないことの意味と向き合い方

Tags: 終末期医療, 延命治療, 意思決定, 家族, 緩和ケア

「回復の見込みがない」と告げられたとき、家族が直面する現実

ご家族が病気や老衰の進行により終末期を迎え、医師から「回復の見込みがない」と告げられたとき、大きな衝撃と混乱に直面される方は少なくありません。これまで病気と闘ってきた、あるいは親の老いを静かに見守ってきた日々の中で、この言葉は重く響き、今後の医療やケアについて、これまでにない深刻な選択を迫られていると感じることでしょう。

この状況下で、医療者からは延命治療について説明を受ける機会が増えるかもしれません。延命治療とは、病気そのものを治すことが困難になった終末期において、生命を維持するために行われる医療行為の総称です。しかし、「回復の見込みがない」という状況において、延命治療を行うことの意味や、逆に行わないという選択肢について、どのように考え、家族としてどう向き合えば良いのでしょうか。

この記事では、「回復の見込みがない」と告げられた状況を想定し、延命治療を選択しないという選択肢がどのような意味を持つのか、そしてその選択を検討する際に家族が考慮すべき点や、意思決定のプロセスについて解説いたします。

延命治療を選択しないとは具体的にどういうことか

終末期医療における延命治療の選択は、単に「治療をするかしないか」という単純な二者択一ではありません。回復の見込みがない状況で延命治療を選択しないという判断は、主に以下のような医療行為の開始を見送る、あるいはすでに実施されている場合は中止を検討するという意味合いを含みます。

これらの治療は、生命を維持するためには有効な手段となり得ますが、回復の見込みがない状況では、必ずしも患者さんの苦痛を軽減し、尊厳を保つことに繋がるとは限りません。延命治療を選択しないことは、これらの生命維持を目的とした積極的な医療行為を差し控え、または中止し、代わりに患者さんの身体的・精神的な苦痛を最大限に取り除く緩和ケアに重点を置くことを意味する場合が多くあります。

なぜ延命治療を選択しないという選択肢があるのか

回復の見込みがない状況で延命治療を選択しないという判断は、決して患者さんを見捨てることではありません。そこには、患者さん自身の意思や、家族の深い配慮に基づいた様々な理由が存在します。

最も重要な理由の一つは、患者さん自身の意思や価値観の尊重です。生前、本人が「不必要な延命は望まない」という意思を表明していた場合、家族はその意思を最大限尊重しようとします。

また、延命治療が患者さんにとって大きな苦痛や負担となる可能性があることも、選択しない理由となります。例えば、人工呼吸器の装着は身体的な拘束を伴い、会話や飲食を困難にします。胃ろうの造設や中心静脈栄養も、合併症のリスクや管理の手間が発生します。回復の見込みがない状況でこれらの負担を強いることは、かえって患者さんのQOL(Quality of Life:生活の質)を著しく低下させる可能性があります。

延命治療を選択しないことで、残された時間を穏やかに、自分らしく過ごすことを優先する考え方もあります。積極的な延命治療ではなく、痛みの緩和や精神的な安寧に焦点を当てたケア(緩和ケア)を行うことで、患者さんが最後まで尊厳を保ち、家族との大切な時間を過ごせるように努めます。

その他、治療に伴う経済的な負担や、家族の身体的・精神的な介護負担も、現実的な考慮事項として挙げられることがあります。

この選択を検討する際に家族が考えるべきこと

延命治療を選択しないという重い判断を下す際には、家族が一致団結し、慎重に考慮すべき点がいくつかあります。

まず、最も大切にすべきは、患者さん自身の意思です。もし、リビングウィル(事前指示書)を作成している場合や、生前に終末期医療に関する希望を話していたことがある場合は、その内容を改めて確認します。明確な意思表示がない場合でも、患者さんのこれまでの生き方や価値観、何を大切にしていたのかを家族で話し合い、その意思を推測することも重要です。

次に、家族間の話し合いです。回復の見込みがないという状況を受け入れ、今後の医療について、延命治療の選択肢を含めて率直に話し合います。家族一人ひとりが抱える感情や考えは異なる場合があります。意見の相違がある場合は、感情的にならず、お互いの気持ちを尊重しながら、なぜそう考えるのか理由を共有することが大切です。この話し合いは、家族の将来にわたる後悔を減らすためにも非常に重要です。

そして、医療者との密な対話は不可欠です。医師からは病状、今後の予測(予後)、利用可能な医療・ケアの選択肢、それぞれのメリット・デメリット、そして延命治療を選択しない場合にどのようなケアが行われるのか(緩和ケアの内容など)について、十分に説明を受けます。分からないことや不安な点は遠慮なく質問し、納得できるまで話し合う時間を設けてください。

意思決定プロセスとサポート

終末期医療における意思決定は、患者さんの意思決定能力に応じて様々な形で進められます。「回復の見込みがない」状況で、患者さん自身が意思表示できない場合は、家族が患者さんの意思を代弁し、医療者と共に最善の選択を目指すことになります。

このような状況に備え、事前にアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を行っておくことが推奨されています。ACPは、将来、自分自身で医療やケアに関する意思決定ができなくなった場合に備え、どのような医療やケアを望むか、誰に意思決定を託すかなどを、家族や医療者と繰り返し話し合い、共有するプロセスです。たとえ文書化されていなくても、話し合いのプロセス自体が家族の意思決定を大きく助ける力となります。

もし、家族間での意見がまとまらない場合や、意思決定に強い葛藤がある場合は、医療機関の医療倫理委員会に相談することも一つの方法です。倫理委員会は、医療における倫理的な問題について中立的な立場で検討し、助言を行います。また、必要に応じて他の医師の意見を聞くセカンドオピニオンも有効な手段です。

後悔のない選択のために

「回復の見込みがない」と告げられた状況で延命治療を選択しないという判断は、家族にとって非常に辛く、難しい決断です。しかし、その選択は、患者さんの尊厳を守り、残された時間をより良く生きるための前向きな選択となり得ます。

大切なのは、十分な情報に基づき、患者さんの意思を最優先に考え、家族全員で率直に話し合い、納得の上で意思決定を行うことです。このプロセスは、家族の絆を深め、後の後悔を軽減することにも繋がります。

もし、現在ご家族の終末期に直面しており、延命治療の選択に悩んでいる場合は、一人で抱え込まず、医療ソーシャルワーカーや地域の相談窓口など、専門家にも相談してみることをお勧めします。適切な情報と支援を得ることで、より安心して、そして後悔のない選択へと進むことができるでしょう。